2008年08月11日

高校生活

厳しい高校受験という難関を乗り越えて、高校生活が始まると、それまでの反動からか、まったく勉強をしなくなる生徒が出てきます。
今まで属していた集団の中の自分の位置、よく分かるところでは、成績の順位ががらりと変わり、中学ではそこそこだったのに、入学したら最下位グループになってしまった場合など、とたんにやる気をうしなってしまったりします。高校受験を終えたばかりの生徒にとって、あれこれと進路に口を挟むのは気が引けますが、本当は、これから先が本当のスタート、といったところでもあります。もう、社会のドアを開く一歩前まで来ているからです。もちろんそんなことは本人が一番良く承知で、わざと目をそらして遊んでいるに過ぎません。このまま成績が落ちていったらどうしよう・・・進路を決めつけてしまうのはこわい・・・など子どもの心が揺れに揺れている時期です。親として、この時期に何ができるか、ということですが、もうできることも時間も、あまり残されていません。自立してしまう一歩手前で、親もあせりとともに一抹の寂しさも抱えているころでしょう。やさしく話を聞いてあげることが精一杯かもしれません。いつまでも口うるさくなにかをしろというのではなくて、一人の人間として尊重しているよというポーズをきちんと見せていくことが大事です。非行や犯罪など、最低限のルールを守り、あとは本人の自主性に任せるよという姿勢を折に触れ話して親として見せてやることこそが最後の子育て・子離れのステップなのかもしれません。

2008年07月28日

英語教育

高校受験のための英語学習は、バランスよく文法やイディオムを網羅したカリキュラムが構成されていて、辞書を引き引き、一生懸命に勉強してきた。中・高と英語を学習してきたのに、センター試験では9割もの得点をマークしてきたのに、私ときたら英語を話すことができないのがびっくりだ。

洋画を見ても字幕ばかりに頼っているし、外国人に話しかけられるとどぎまぎしてしまい、会話にならない。仕事もメールも、英語だと迷惑メールと勘違いして削除してしまう(実際には99パーセント迷惑メールなのだが、あとの1パーセントを判断できないでいる)新聞や広告に、英語脳、英語耳、などと広告が打ってあるとつい読んでしまう。(まだ買ったことはない)

 いったい高校受験の英語学習はなんだったんだろうと思う。私ばかりではなく、会話は日本の英語学習の共通課題であるらしく、小学生からの英語学習が検討されている。数年前から、自主的に取り組んでいる自治体も多い。小学生なので、ゲームやクイズなど楽しい形式で、専任講師による英語オンリーの授業形式が多く、文字を書いたり、覚えたりということはあまりしないようだ。取り組んでいる児童の様子を見に行ったことがあるが、実に楽しそうにレクリエーションしているが、会話部分はテキトーで、身についているかは怪しい。

けれども、英語のリズムを実際に「聞いている」ことの強みはあると思う。それから、「英語であそんだ」という自信と感動だ。「面白くなくては授業ではない」と言った先生がいたが、まさにそのとおりである。私もそういう自身とよろこびをどこかで身につけてみたかった。今からでもまにあうでしょうか?

2008年07月19日

先生が間違えた!

私の高校受験のときの体験である。志望校を、2つに絞ってどちらを受けるか迷っていた。学力のレベル・通う距離ともに同じ程度で、あとは校風と部活動、しいて言えば制服の好みくらいだったが、ここで選んだ道が後の人生に左右するのかなどと大げさに考え、ぎりぎりまで答えを出せずにいた。

先生が書類を書かないといけないのにぎりぎりまで待たせて、結局、部活はさかんでないが、自由で伝統のある方の学校を選んだ。(制服はいまいちだったが)

ところが、担任は、願書を、なんと、別のほうの学校に出してしまったのである。しばらくしてそれが分かり、どうやったのか分からないが正しく処理されることとなりほっとした。のもつかの間。いざ合格発表を見てみると・・・。

事前に学校からは合格したと聞いていたのに、名前がないではないか。よくみると、その高校の分校のところに名前が!分校名を見てもそれがどこだかにわかにはわからない。そんな知らない町に進学??
やはりこれも先生の届出間違いだった。これもまた、どうにかきちんと処理されてめでたく入学することになったのだった。なさそうだけどこういうこともあるのですね。

受験に際し、先生の事務処理も大変なのだろう。今にして思えば、まだ正規採用前の、講師の先生で、もちろん受験生担任ははじめてだったにちがいない。あれこれいわず、自分はこっちだ、とはっきり意思表明をしたほうがよかったなあと思った。ちょっと変わった思い出である。

2008年06月30日

節目を祝うということ

中学を卒業させた生徒の成人式に呼ばれて参加してきた。振袖やスーツで決め込んだ元教え子たち。着物にも、スーツにもその年の流行がある。髪型もだ。男子(男性というべきか)はみなそろって長髪。はれやかな顔で微笑んでいる。TVでよく報道されるような暴動や珍事件はなかった。あれは一部のことなのだろうか。とにかく滞りなく式は終わった。

教え子はみな、うれしそうな顔で記念写真におさまったり、おしゃべりに花を咲かせている。進路先での生活もうまくいっているようだ。希望に満ち溢れた表情にこちらも元気を分けてもらうような思いだ。

ところで最近は、「2分の1成人式」といって、10歳になるときに、小学4年生で、学校行事として節目を祝うということがある。10歳とは、児童の成長の中でも節目の年であるといわれている。特に女の子などはずいぶん考えも大人びてきている。高学年に向けて自立を促すよい機会でもあるのだろう。

また、中学3年生は、15歳になる歳だが、昔の「元服」という青年が成人として認められるという行事にあやかって「立志式」という行事をやる学校も増えてきている。高校受験を控え、これからの進路に目的意識をもって立ち向かう生徒を励ますよい行事だと思う。

人生の節目節目で、子どもたちは祝福され、認められ、成長していく。自分たちもそうして社会に送り出されてきた。順番に、今度は子どもを社会に送り出す立場になった。子どもの夢や希望に恥じない生き方をしていきたいと思う。


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2008年06月29日

職員室で

夕方、職員室で事務処理などをしていると、ひょっこり卒業生が現れることがある。部活動をのぞきに来ましたとか、テスト前で下校が早いので寄ってみましたとか、かわいらしくてつい相手をして時間をつぶしてしまう。

たいがい進学先の制服を着て、ちょっとおとなびた表情で来るのだが、卒業した母校に遊びに来る子は、だいたいちょっとさびしがり屋で、今の生活に疲れていたり、悩みを聞いて欲しかったりするような場合が多い。なにか友達のことや部活のことをぼそぼそと愚痴っては帰っていく。教師としてたよってくれるのはうれしいことだが、来てくれなくなることのほうが、本人にとってはいいことなのだ。今の生活をめいっぱい楽しんでいるということだから。

しかし、学校というのはばたばたと慌しいカリキュラムの連続だが、放課後というのは急に空気の質まで違ったようになるから不思議だ。人のいない教室は独特のにおいがする。埃っぽいにおいに、人の匂いが残っている。見回りなどで教室を巡回すると、たとえば小学校なら低学年の教室は赤ちゃんぽい匂い、高学年の大人びた匂いとは少し違う匂いがする。

職員は仕事が山積みで急がしくても、この空っぽの静寂に包まれると不思議と心が落ち着き、和み、わざわざ空いた教室でぽつんと仕事をする者多い。学校は人が集まり、競い、育ちあい、傷ついたり疲れたりするけれど、不思議な癒し空間でもある。若い元気なパワーが毎日のように出入りしているからであろう。そんな職場が好きだ。
 

2008年06月17日

教員免許の更新制度

平成21年の4月から、教員免許状の更新制度が始まるということだ。何でも、10年ごとに大学などで2年30時間の講義を受けるという社会人にはなかなかハードな設定である。これまでも初任者研修や5年目研修などは委員会ごとに自主的に行われており、10年目研修にいたっては法律で定められていた。

しかし、40代、50代でも講義が義務付けられるという制度だそうだ。内容は教育の最新事情を12時間、強化・生徒指導などが18時間、ということになっている。本当にいい内容の講義なのか?ちょっとあやしい気がしてならない。

年を経ても学び続けるのはいいことであるが、どうにも押し付けがましく、自動車免許証のように必須、しかもつまらないときては、そんなものには受講料はおろか、大事な時間を使いたくないような気持ちになる。

40,50代になってくると、教員各個人にもおのずと専門分野があり、教育研究を深めている場合も多い。研修が開催されると予想される夏季の休業中にはその研究に時間を費やしたほうが有意義ではないのだろうか?
また、校長・教頭・教育長などの管理職は、更新制度を免除されるという。その仕事の重要性からであろうか。


とにかく、教員の質の向上によって、児童生徒の利益になればよいと思うが、今の現状からして、ただの教員へのしめつけにしか思えず、反発の念を抱いてしまうのである。

2008年06月16日

教育予算

教育予算を増やし、正規職員の増加を求めるという、教育再生会議には珍しくよい提案がなされたが、あえなく却下されてしまった。現在、教職員の病気療養が増加の一途をたどり、団塊世代の大量退職時代を迎え、教育現場は大変な人手不足である。女性職員が産休を取ろうとしても、産休は半年以上も前から取得の計画が立てられるのに、講師を見つけられないために法定ぎりぎりまで働かされることもある。

人材バンクは年度途中はほとんど空っぽで、急に欲しい人材は個人的に電話をかけて知り合いのつてで探してくることも多い。

 教育予算の減少は、児童生徒にももちろん影響している。そうした教員の志気の低下というソフト的な面はもちろん、教材、教具もまた、見えないところでしっかりと粗末なものになってきている。教科書の指導用の参考書・虎の巻は、教科書会社が学校向けに出版しているが、その専門性の高さゆえ、1冊数千円以上するものである。しかし、教材研究には欠かせない貴重な資料であるそれを、各教科担任に与えず、学校や学年に1セット、などとけち臭い節約を余儀なくされている現状がある。実験用具や教材など、学校が無駄遣いするわけがない。多くの児童生徒の手に触れて消耗していくのだから、新しく、教育的価値があるものに変えていく必要があるのだ。国はもっと、公立学校の教育現場を見つめてほしい。日本は公教育をあきらめてしまったのか?そんな悲しさを感じる予算編成の季節である。

2008年06月13日

先生の心の病

公立学校の教員として11年勤めたが、その期間で大きく変わったことが、先生の心の病が増加しているということだ。はじめは、新聞やニュースになっても人事のように感じていたが、年々増加し、近年では勤務校に年間数人の休職・罹患者は当たり前になってしまった。

該当する職員は特に病弱でもなければ、問題のある教師でもない。普通に、バリバリ働いている同僚である。性別や、年齢もまちまちである。本当に明日はわが身といった状況になってきている。

原因は明らかだ。学校をめぐる問題、いじめや不登校、親御さんからの無理難題がいわれるが、どの時代にも困難はあった。校内暴力で荒れた一昔前の学校は、苦労も多かったが逆に職員間の絆は強くなったと聞く。

真の原因は、簡単にいえば多忙化であり、締め付けである。教育予算の削減により、正規職員が減り、非常勤講師の登用が増えている。パートタイムでしか居られない職員と、生徒、または同僚の絆を深める機会はない。一部の職員に雑多な校務が集中し、ストレスがたまっても、分かち合う相手は居ない。常に忙しく、心が殺気立っている。

そして、公務員の綱紀粛正という自主規制により、管理職が職員を守り育てるという立場から、監視し、報告するという役回りになってしまった。疲れ果てて、飲み会や食事会、茶話会なども自然と減ってくる。自分の時間を大事にしたい若者はそういう集いを嫌ったりもする。

一昔前の、校長がおやじであとは子どもで・・・という職場の連帯感がすっかり失われてしまった。こういった声は次第に大きくなっているのに、やはり教育予算は厳しく締め付けられるばかりで、なぜかテスト至上主義に走っている行政の思惑がまた、現場のやる気を失わせている。ゆとりという言葉が今はそらぞらしく聞こえて仕方がない。


2008年06月03日

高校の恩師の話

高校の時の国語教師は、夏休みに、レポート用の課題図書だと言って、
一人に一冊、立花隆の『青春漂流』という文庫本を配った。内容はいろいろな道の達人が、その生き様を語るもの。進路選択を前に、先生からの応援の意味もあったのだろう。当時はポケットマネーか?と思ったが、課題図書という名目もあるし、なにしろ100人単位なのだし、公費か、教材費負担だったのだろう(推測)それにしたって、ひとり1冊与えるというのはインパクトがあり、心に残っている。先生は、いつも、「本を読め。」といった。目的や、理由は言わなかった。「とにかく、読め」と。授業中も折に触れ、良書の紹介をし、まじめな私は、メモった。カミュの『異邦人』石川啄木の『雲は天才である』など、高校生自らでは選ばないような古典や、マイナーなものも多かった。読んでもおもしろいと思えないものも多かったが、見つけて、読む。という行為がとても楽しく次々といろいろな本に手を伸ばした。
他にも高校ではいろいろな個性的な先生に教えを受けた。それぞれに趣味や研究対象があり、その道の求道者であった。熱くて、うるさいなと思うこともしばしばだったが、そのような生き方をじかに見せてくれたこと自体が立派な進路指導ではなかったかと今になって思う。
勉強ができることに越したことはないが、何のために生きるのか?何をしてうれしい自分があるのかがはっきりしていないと、勉強なんて出来ても仕方がないのだ。先生の「本を読め」は「自分の道を見つけてただまっすぐいきなさい」そういうメッセージだったのだと今は理解している。